【シークレットページ】鬱になったバリスタ【1-2】
2 ヘビーな相談
人が一生のうちに弁護士に世話になるのは,何度くらいあるのだろうか。
統計があるわけではないので正確なところはわからないが,普通はせいぜい,長い人生で一度か二度,といったところではないか。人生は長い。そのなかで,様々なトラブルに巻き込まれることは誰にでもある。家庭問題や職場の問題,お金の問題。そんな時に,弁護士に相談をすると,目の前の問題をどう解決すればいいか教えてもらえる。時には裁判になるし,あるいは交渉で解決できることも少なくない※。
ただ間違いなく言えることは,普通の人にとって弁護士という存在は,いまなお縁遠い世界の存在であり,弁護士に相談する案件というのは,自分や家族,友人だけで解決しきれなくなった,ヘビーな問題である場合が多いという事だ。
そして,当然と言えば当然だが,僕たちが扱う仕事の内容は,普通の人の感覚で言えば「一生に一度,あるかないか」というレベルの問題になる。もちろん人によるが,離婚をするとか会社をクビになるとか,犯罪をして捕まってしまうとか。そうそう頻繁に起きる出来事じゃない。だから,相談者は,人生の一大事の解決を弁護士に期待しているし,頼ってきてくれる。僕たちはその期待に応えなければいけないし,全くの他人の人生の瀬戸際ですべての悩みと,場合によっては関係者からの悪意を全面で受け止める盾になる※。僕たちが普段「先生」と呼ばれるのは,それなりの理由があることなのだ。
そして,常に「先生」でいることが,高いレベルでのストレスを生じさせていることに気づくのは,僕ケンジにとっては,のちになってからの事であった。
解説
- ※「バリスタ」とは,法廷弁護士という意味である。逆に事務作業や日常的な相談業務に対応する弁護士を「ソリシタ」という。なので,ある界隈で知っている人は知っている「街の国際バリスタ弁護士」という表現があるが,僕たちが利くと,実はそこまで違和感がなかったりする。地域密着で国際案件も手掛ける弁護士さんかぁ,ということで,都内では実はよくいる類ですらある。ただし,日本の弁護士法上はバリスタもソリシタも国際弁護士も特に規定はないので,誇大広告にならない程度なら名乗ったもの勝ちである。別に心はぴょんぴょんしていない。
- ※2 弁護士の本懐は,依頼者の利益実現と,社会正義の実現・基本的人権の擁護である。(と,弁護士法に書いてある。)
- ときどき,依頼者の立場になって~とか,依頼者のために戦う,とかいう売り文句で広告を出している弁護士を見かけるが,何を当たり前のことを今更,という感じである。
- ただ,「依頼者に寄り添う弁護士」というと聞こえがいいのだが,あくまでも弁護士は「代理人」であり,冷静な第三者として事件を処理しなければならない。同時進行で50件も100件も事件処理をしている弁護士が,本当に50人分も100人分もの悩みや苦しみを共有するなんて,人間のキャパシティ的に,だいぶ無理がある。
- しかしながら,「悩みに共感してくれる」弁護士のほうがお客さんからの受けはいいので,普段は「寄り添ってくれる弁護士」を演じている弁護士が多いと思うが,あれはビジネススマイルだ。弁護士なんてタヌキとキツネの化かし合いの世界だ。ただしそれは,困っている相談者を助けるための,罪のない嘘だ。
提供する基礎知識
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