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休職から復帰する際の「テスト出社」の賃金について  

 

 「テスト出社」とは

ケガや病気などで十分な就労ができなくなると、休職扱いとなって、一時的に仕事を休むという事があります。

その後、怪我が治るとか、体調が回復すると、再度就労する(復職)ことになりますが、ケガや病気の状態によっては、本当にもう復帰できるのか、会社としても様子を見てみたいというニーズが生じます。

そこで、「本当に復職して大丈夫かどうか」を見極めるため、「テスト出社」するという手法がとられることがあります。

主治医の先生から「復職可能」との診断が出ていたとしても、会社としてはそれをうのみにするわけにもいかず、仮に復職してもやはり働けないとか、さらに体調が悪くなるなどの事があると、大変なわけです。そこで、「お試し出勤」とでもいうような、テスト出社をおこなって、たとえば最初からいきなりフルタイムで働くのではなく、徐々に勤務時間を増やしていくとか、もともとの担当よりも簡単な仕事内容から徐々に慣れさせていき、本当に大丈夫だとなれば、本格的に復帰させる・・・という制度です。

 

「テスト出勤」に法律のルールはある?

このテスト出勤という制度は、実は法律上の根拠はありません。現状、こういう制度を取り入れている会社が存在する、というものに留まります。

統計があるわけではないので正確な数字や実情はだれにも分かりませんが、おそらく、ある程度の事業規模を持った会社でないと導入は難しいというのも実情でしょう。

中小企業では、日々の労働力の慢性的な不足、そして人件費の高騰という、日常的な経営課題に対応せねばならない中で、なかなか、求職や復職、それにともなうテスト出勤などと言った制度面まで、整備しきれていないところが多いのが実情ではないでしょうか。

ですが、労働力不足がどこの業界でも叫ばれる中で、労働者の働く環境、仮に一時的に働けなくなっても復帰しやすくなる環境を制度として整えることで、同業他社にはない労働環境を用意することができるとすれば、人材集めの際の一つのセールスポイントになるのではないでしょうか。

 

「テスト出勤」の間の給料は?

さて、一つ悩ましいのは、「テスト出勤」をした期間の給料はどうなるのか、という問題です。

従業員としては自分が働けるようになったことを示したいし、急に100%で始めるよりも、徐々に慣らしていきたい。会社としても本当に大丈夫かどうかを見極めて、本人にパフォーマンスが上がるような仕事を振りたい。

・・・この限りでは使用者と労働者の利害が一致するのですが、その一方で、会社としては「本人が働けるかどうかを見極めるためのテストなのだから、しっかり働いたことにはならず、給料は払いたくない」となるのも自然ですし、労働者からすれば「そうはいっても会社に実際に出ている以上、それに見合う給料はほしい。本当だったら復職可能なのだから・・・」となり、テスト期間中の給料をどう扱うかという事で、双方の思惑に不一致が出て来ます。

 

上に述べたように、テスト出社というのは法律上の制度として明確に定められているわけではありませんから、テスト期間の扱いをどうするかというのは、もっぱら、その会社ごとの制度設計によるところが多いことになります。

では仮に、このテスト出社期間を「無給」と定めていたとしたら、どうなのでしょうか。テスト出社として少なくない期間を出勤することになった労働者は、その間の給料はもらえないのでしょうか。それとも、あくまでもテストという位置づけなのにほかの従業員と同じく給料を払ってあげないといけないのでしょうか?

 

名古屋高裁判決 平成30年6月26日を参照として

この点、最近興味深い判決が出ています。NHKの職員が鬱病で休職し、復職の際にテスト出社を命じられたという事案で、裁判所は「無給の合意があっても、最低賃金法の適用により、賃金請求権が発生する」と判断しています。また、テスト出社と言えども、その行ったテスト労働の内容が「労務の提供がなされたと認められる場合に・・・職員給与規定により賃金の支払いを請求できることとなる」とも述べ、テスト期間中の労働の内容によっては、最低賃金ではなく本来の規定通りの給料の支払いが認められる可能性にも触れています。

実際の裁判の事例では、テスト出社中に行った作業、具体的には作成したニュースの内容の政策難度が低かったことなどから、「職員規定」による賃金の支払いまでは否定されています。しかし、上司の指示に従ってニュース作成に関与したり、実際にそれをNHKが放送したりしたなどの事情から、「労働基準法に定める労働に従事していた」ということで認定され、この「労働」の対価として少なくとも最低賃金法に定める額の支払いをする必要がある、と認定されたのです。

テスト出社の性質と、労働者の権利の最低限の保護という意味では、バランスの取れた結論を導いたという印象が持てる内容のように読めました。

 

結論=テスト出社でも賃金支払いの必要は生じる。

 

私見、思う所など

働きすぎで体を壊す、鬱病などの精神疾患を生じるというのは、労働者にとっては間違いなく悲劇です。

そして、それというのは、まじめに働いた人ほど、リスクが高くなる事象です。最近は働きすぎによる過労やストレスで気を病んでしまう人も少なくなくありません。

少子高齢化による労働力不足が叫ばれる一方で、ブラック企業による「若者の使い捨て」だの、派遣切りや非正規社員の増加だのと、日本の労働環境は混乱を極めてきています。

そして、長時間の労働や過重なストレス、パワハラ、セクハラなど、労働によるストレスから体を壊すという人も多い中、「体調の良くなった人がどう社会復帰するか」というのは、日本全体が抱えている、隠れた課題と言えるのではないでしょうか。

今般の働き方改革でも、長時間労働を規制する、有給取得を義務化する等して、ある程度の労働環境の改善という意味での施策がとられています。しかし、実際に病気になって働けなくなってしまった人がどう社会復帰するかについては、あまり詰めた議論がなされたことはないように思います。

 

「リワーク」そして少し大上段に構えた議論

 

一度レールから外れても再びプレイヤーとして戻ることができる環境が整備されているかどうかで、人が安心して働くことができるかどうか、社会全体の在り方が大きく変わってくるのではないでしょうか。

そして、現実的な職場復帰のステップとして、お試しのテスト出社の制度を取り入れている企業は、取り組みとしては非常に素晴らしいものだと思います。民間の中小企業では、なかなかできる事ではありません。(裁判で問題となったのは、天下のNHKであり、中小企業とは資金力が違うという側面もありますが、大企業が労働者の職場復帰のために積極的な制度を導入しているというのは素晴らしいことだと思います)

少し先の話というか将来的には、おそらく、いわゆる「正規」「非正規」といった、従業員の区分のカテゴリーは消える(あるいは、現在よりは相対的に影響が小さくなる)と予想されます。そこかしこで聞くことのある「同一労働同一賃金」という考え方や、これから社会で求められてくるであろう「労働力の流動性」というニーズの行き着く先は、「正規」「非正規」の垣根の消滅、せいぜい「定年があるかないか」というところの差、に落ち着くはずだからです。有期雇用の非正規社員も、現在は「5年以上働いたら希望すれば正社員になる」という無期転換の制度の適用になっているくらいですから、この流れが今後逆流する(一度入社したら定年まで正社員、そうでなければバイト状態がずっと続くという現象が増える)ことは、おそらくないでしょう。

そうなると、労働者としては、働きすぎによる体調不良等のリスクを減らしていきながらワークライフバランスの取れた生き方でQOL(クオリティオブライフ)の向上に努めていく、劣悪な労働環境からは容易に離脱して転職を志すとか、なんだったら自ら起業するなど、これまでよりも「一つの会社にこだわり続ける」という現象は少なくなってくるでしょう。

その一方で会社にとっては、有用な人材を確保するために様々な工夫が求められます。単に給料を増やせば人が来るかという時代ですらなくなれば、人材確保のためには、「労働者にとってどれだけ魅力的に見える企業か」をアピールする必要が出てくるでしょう。

そのなかで、「会社のため働きすぎて体を壊した人も安心して復帰できる」という制度が整備されているというのは、やはり大きなメリットになるように思われます。また、求職から復帰しやすい制度を導入することで、それまで勤務経験のある有用な人材を手放すことなく社会復帰させることができる。これは、会社にとってだけでなく、社会全体でみても価値の高い取り組みだといえるでしょう。「やりがいのある仕事」「アットホームな職場」とか「働きやすい環境」というフンワリとしたメリットを打ち出すくらいなら、こういった復職制度や休職中のフォローといった具体的な労働者保護の制度があるほうが、会社として魅力が高いに決まっています。

 

なので、将来につながる人材確保という観点からも、「一度お休みした人の復帰しやすい環境」をつくることの意義を、経営者の皆様には良くご認識いただきたいな、と思う次第です。(ただ、テスト出社期間でも最低賃金法くらいの給料は払ってね、というのが今回紹介した事例の要約ですから、そこだけご注意)

 

ただ、実際には、なかなかすぐ導入するとなっても、手間暇もかかるうえに中小企業が抱えられるコストの範囲に収まるかどうかという問題があるので、ハードルが高いというのも事実だと思います。働き方改革の一環で、社会復帰制度の援助、具体的には制度導入に対しての助成金であるとか、この制度導入の際にかかる弁護士のコンサルタントフィーを国が援助するとか、あるいは職場環境改善のため労働法に精通した弁護士を顧問に入れる事への補助制度とか、そんなのを作ってほしい。

 

と、最近送られてきた「労働判例」の記事を読んで、いろいろと思うところがありましたので、思いつくままに記事にしてみました。

 

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2019.5

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